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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8555号 判決 1996年3月27日

原告

甲野太郎

平成三年第八五五五号被告

日本放送協会

右代表者会長

川口幹夫

右訴訟代理人弁護士

宮川勝之

室町正実

髙木裕康

平成三年第八五七九号被告

株式会社讀賣新聞社

右代表者代表取締役

渡邉恒雄

右訴訟代理人弁護士

山川洋一郎

喜田村洋一

主文

一  被告株式会社讀賣新聞社は、原告に対し、一五〇万円及びうち五〇万円に対する昭和六三年六月三〇日から、うち五〇万円に対する同年七月二日から、うち五〇万円に対する同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告日本放送協会に対する請求及び被告株式会社讀賣新聞社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社讀賣新聞社との間においては、原告に生じた費用の二〇分の一と被告株式会社讀賣新聞社に生じた費用の一〇分の一を被告株式会社讀賣新聞社の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告日本放送協会との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第二項を除き、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告日本放送協会(以下「被告NHK」という。)は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年六月三〇日(不法行為の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告NHKは、別紙放送内容訂正放送記載のとおりの放送を別紙放送条件記載の条件で放送せよ。

三  被告株式会社讀賣新聞社(以下「被告讀賣新聞社」という。)は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年六月三〇日(不法行為の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告讀賣新聞社は、別紙記事訂正報道記載のとおりの記事を別紙掲載条件記載の条件で掲載せよ。

第二  事案の概要

一  原告は、昭和六三年六月三〇日当時総務庁交通安全対策室室長の職にあった者であるところ、被告NHKが放映したニュース番組と被告讀賣新聞社が掲載した新聞記事によりそれぞれ名誉を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)及び訂正報道を請求している。

二  当事者間に争いのない事実(1ないし4)及び証拠により認定した事実(5ないし8)

1  原告は、昭和三六年四月警察庁に採用され、関東管区警察学校教授、警視庁交通執行課長等を歴任し、同五〇年二月警察庁から総理府交通安全対策室に総務担当参事官補として出向し、二年間在籍した。その後、原告は、警察大学校交通教養部長、石川県警察本部長等を歴任した後、同六二年七月から総務庁に出向し、同庁交通安全対策室長となり、同六三年七月一二日辞職した。

2  被告NHKは国内放送等を目的とする法人であり、被告讀賣新聞社は「讀賣新聞」等の日刊紙の発行等を業とする株式会社である。

3  被告NHKは、NHK総合テレビジョンで放映するニュース番組において、昭和六三年六月三〇日午前六時三〇分別紙放送記事一のとおりの内容の放送、同日午前七時別紙放送記事二のとおりの内容の放送、同日正午別紙放送記事三のとおりの内容の放送、同日午後七時別紙放送記事四のとおりの内容の放送、同日午後九時別紙放送記事五のとおりの内容の放送、同日午後六時別紙放送記事六のとおりの内容の放送(以下、別紙放送記事一〜六の内容の放送を記事番号に対応してそれぞれ「本件放送一」等という。)をした。

4  被告讀賣新聞社は、「讀賣新聞」に昭和六三年六月三〇日別紙新聞記事一、二のとおりの内容の記事、同年七月二日別紙新聞記事三、四のとおりの内容の記事、同月一二日別紙新聞記事五のとおりの内容の記事をそれぞれ掲載頒布した(以下、別紙新聞記事一〜五を記事番号に対応してそれぞれ「本件新聞記事一」等といい、同様に本件新聞記事一を掲載する行為をそれぞれ「本件新聞報道一」等という。)。

5  原告が参事官補ないし室長として勤務していた総理府交通安全対策室(昭和五九年七月から総務庁長官官房交通安全対策室。以下、組織変更の前後にかかわらず「交通安全対策室」という。)は、各省庁が行う陸上交通の安全に関する施策の総合調整、各省庁の交通の安全に関する事務の連絡、他の省庁の所掌に属さない交通安全に関する施策の企画立案などを行う外、交通安全対策基本法の施行、政府全体の交通安全対策の決定機関ともいえる中央交通安全対策会議の庶務などの事務を所掌する機関である(甲A二〇)。

6  F(以下「F」という。)は、本件放送や本件新聞記事一〜五にいう現金の受け取りや接待があったとされる時期(昭和五〇年から同五二年及び同六二年)に株式会社サンコー(ただし、昭和五九年一月商号変更前の社名は三光宣企株式会社。以下「サンコー」という。)の代表取締役の地位にあった者である。

サンコーは、広告代理業、宣伝企画の引受け並びに交通安全教材の制作及び販売等を目的として昭和四二年五月Fにより設立された株式会社であり、タクシーのリア広告や運転免許取得時に渡される安全運転ノートの外、ポスター、パンフレット類の製作等を行っていたもので、昭和四六年四月から総理府の発注する事業の競争入札参加資格者(登録業者)となっていた。そして、サンコーは、昭和四七年秋から同六二年秋までの間、交通安全対策室との関係では、交通安全ポスターや交通安全教材を随意契約で独占的に受注していた。昭和六三年春の交通安全ポスターと交通安全教材から、発注先選定の方法はサンコーとの随意契約から原画や原案を提出して競争する方式に変更され、サンコーは、同年秋のポスターについては発注を受けたが、教材の発注は受けられなかった。

(甲A二〇、二三、二六の1〜7、乙三、四)

7  H(以下「H」という。)は、昭和五四年一二月から同六〇年六月までの間総理府大臣官房参事官(会計担当)兼総理府本府支出負担行為担当官の職にあった者であり、交通安全ポスターやタクシーのリア広告の発注を通してFと親しい関係を結んでいた。

Fは、外二名と共謀の上Hに対し賄賂を贈ったとの被疑事実で捜査機関の取調べを受けている過程で、原告に対し賄賂を贈ったことを検察官に供述し、昭和六三年六月三日及び同年七月一日付け各供述調書(被疑罪名贈賄の被疑者調書。以下「F検面調書」という。)が作成された。

(甲A二三、三五、三六、乙一、二)

8  なお、Hは収賄、Fは贈賄の各被告事件として起訴され、平成元年三月一五日東京地方裁判所で、Hは収賄罪により懲役二年六月執行猶予四年追徴金二七二万〇二八〇円、Fは贈賄罪により懲役一年六月執行猶予三年の各有罪判決を受け、右各判決はその後確定した。

(甲A三九)

三  原告の主張

1  被告NHKの名誉毀損行為

(一) 被告NHKは、本件放送一〜六の外、昭和六三年六月三〇日午前六時過ぎの総合テレビジョンのニュース番組において、総務庁交通安全対策室長である原告が出入りの業者から二〇〇万円の賄賂を受け取り高級料理店で接待を受けるなどの収賄をした旨の放送を行った。

(二) 被告NHKのこれらの放送は、原告が交通安全対策室参事官補在職中に広告業者から現金一〇〇万円余りの収賄をした、交通安全対策室長時代に広告業者から現金をいったん受け取ったり、接待を受けたりして収賄したとの事実を報道するか、あるいは、一般視聴者をして強く右のような事実があったという印象を与えるものである。本件放送が「関係者らの証言で明るみに出た」等の表現を採っているからといって、収賄を断定した報道ではなく単なる疑惑報道であるとはいえないことはいうまでもない。

(三) 特に、本件放送六の中で、金額が少なく時効となったものが多いことから刑事責任を問われることはない見通しである等放送したのは、収賄の事実を前提にしている。また、本件放送六で「この総理府の汚職事件で逮捕された二人」との表現により原告が逮捕された旨の放送を行ったことは、原告が収賄したと断定したものである。

2  被告讀賣新聞社の名誉毀損行為

本件新聞報道一〜五は、交通安全対策室参事官補在職中に原告がFや他の業者から現金二百数十万円余りの収賄をしたり、同室長在職長に原告が業者から現金を受け取ったり、接待を受けたりして収賄したと報道するものである。また、本件新聞報道四、五は、交通安全対策室参事官補在職中に原告が銀座のすし店に業者と現れ請求書の水増しを依頼したり、自分から業者に接待の誘いを掛けて店を指定したりしていた、同室長在職中に赤坂のすし店で業者に料金を支払わせたり、業者から自宅の十数万円のじゅうたんを贈られたりした等との内容を報道するものである。

3  本件放送一〜六及び前記1(一)の放送並びに本件新聞報道一〜五は、交通安全対策室参事官補及び同室長在職中に原告が収賄したと一般の視聴者や読者に理解させるものであって、原告の社会的評価を回復し難い程度にまで低下させるものである。被告NHK及び被告讀賣新聞社は、客観的な裏付け資料を欠いたまま、各放送記事及び新聞記事が真実に反することを認識し又は認識し得たのに、漫然放送し又は掲載頒布し、原告の名誉を毀損した。

4  右3の放送及び新聞報道(以下「本件放送」「本件新聞報道」という。)により、原告は収賄罪を犯した者として社会的非難を受け、辞職を余儀なくされた。右辞職により、原告は、三年後に勧奨退職した場合に比べ七六七〇万円の得べかりし利益を失ったことになるなどその損害は甚大である。原告の精神的苦痛を慰謝するための金額は、被告NHKにつき少なくとも五〇〇万円、被告讀賣新聞社につき少なくとも一五〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づき、損害賠償として慰謝料と遅延損害金の支払及び原告の名誉を回復するための放送内容訂正放送及び記事訂正報道を求める。

6  被告らの真実性の抗弁に対する反論

(一) 時効が完成した犯罪事実と公共性

原告が参事官補在職中に収賄したとの報道については、公訴時効が完成し、かつ、疑惑がないことが客観的にはっきりしているのだから、このような事実について興味本位で大々的に報道することは、公共の利害に関する事実の報道とはいえず、また、公共の利益を図る目的があるとは考えられない。

(二) 真実性証明の対象

本件における真実性証明の対象は、疑惑報道でなく犯罪事実報道である。仮に本件放送及び本件新聞報道が疑惑報道であるとしても、その真実性の証明の対象は疑惑があったという抽象的事実ではなく、疑惑を裏付けるに足る具体的事実である。

(三) 真実性証明の方法

捜査機関が立件できないことが確定し公的な疑惑が完全に否定された段階でなお犯罪の疑惑がある旨の報道を行った場合には、犯罪事実報道を新たに行ったのと同様であるから、この場合の真実性の証明は、もはやそれ以前の捜査機関からの情報は使用できず、独自の取材による資料のみで立証されるべきである。

(四) F供述の信用性

被告らは、F検面調書及びFの当庁昭和六三年(ワ)第一五一七六号事件における尋問調書(乙三〜六。以下「尋問調書」といい、検面調書と合わせて「F供述」という。)を主たる根拠として、本件放送及び本件新聞報道の内容の真実性を主張するが、F供述は、金銭を受け取ったことは一切ないとの原告の供述と対比して、以下の理由で信用できない。

(イ) F供述は、印象的で記憶が鮮明なはずの現金交付の日時が明確でなく、現金受渡し場所や受渡し場所にA(以下「A」という。)が同席したかどうかについての供述が変遷している。また、F供述を裏付けるものとして原告への三回目の現金受渡しに同席したとのA供述が存在するが、F検面調書ではAのことは一切触れられていなかったにもかかわらず、後になって突如としてAが登場するのは不自然であるし、AとFは同じ会社の人間として口裏を合わせた可能性もある。

(ロ) また、当時サンコーには登記簿上Aという専務はおらず、かつ、Aの社内の地位に照らし、Fが原告に対する現金受渡しにわざわざAを同席させるということは考えにくい。

(ハ) Fは刑事事件の公判廷において昭和五〇年七月から四か月間膠原病で入院していたと供述しているが、右の供述に従うと原告がFに対し最初に接待を要求したとされる同年一〇月か一一月にはFは入院中であったことになり不合理である。さらに、Fは、同年六月に入院したと供述する一方で、同年三月に入院したとも供述しており、膠原病による入院の時期に関するF供述は全く信用できない。

(ニ) さらに、交通安全ポスターの契約締結権限はHの所属していた総理府官房会計課にあり、当時Hは「天皇」と呼ばれるほどの実力者であり、FとHの仲は「義兄弟」と言われるほど親密であったことなどからすれば、Fが右当時原告に賄賂を供与する必要はなかったし、原告もFに賄賂を要求できる環境になかった。

(ホ) Fは、検面調書(乙一)において、原告は昭和五〇年から同五二年までの参事官補時代他の職員が食事から戻ってから食事に行くとのリズムをとっていたため、昼時交通安全対策室を訪ねると原告が一人でおり、その際現金の要求を受けた旨供述しているが、当時交通安全対策室には昼時でも女子職員がおり、原告が一人になることはない。

(ヘ) Fは、昭和五〇年二月原告から凸版印刷株式会社(以下「凸版印刷」という。)小石川事業本部の営業部長池田隆一(以下「池田部長」という。)を紹介された場所について、六本木のロアビルの中のプレイボーイという店であったと供述しているが、右当時にはプレイボーイという店は存在していない。

(ト) また、Fは最初に原告から現金の要求を受けたときに交通安全対策室勤務の吉田政夫係長(以下「吉田」という。)に相談した旨供述するが、吉田は相談された事実はない旨弁護士に対して供述している。

(チ) Fは、平成二年七月一七日の当庁昭和六三年(ワ)第一五一七六号事件第九回口頭弁論期日において右事件の被告ら代理人から昭和六二年一一月ころの原告に対する現金供与の件につき質問された際、刑事責任を問われるおそれがあることを理由に証言をいったん拒否する等不自然な振る舞いがある。

(リ) さらに、F検面調書が作成されたときには、Fは別件の贈賄で捜査中で終局処分が定まっておらず、自己の刑責を少しでも軽くしようと懸命であった。一方、原告は、交通安全対策事業の受注業者選定の方法を不公正さの目立つ随意契約方式から競争入札制度に変更し、これにより随意契約によって長年交通安全対策事業の受注業者の地位にあったサンコーに右地位を失わせ、Fから逆恨みされていた。このような状況の下、Fは、検事に対する心証を良くする一方原告に対する逆恨みを晴らしたいとの目的で、原告がFに対して積極的に現金を要求し、過去の参事官補時代にもそのような事実があった旨虚偽の供述をしたものである。

7  被告特賣新聞社の抗弁に対する反論

被告讀賣新聞社は、東京地方検察庁特別捜査部(以下「特捜部」という。)の複数の検察官から取材した結果明らかになったF検面調書の内容が本件新聞報道の根拠である旨主張するが、東京地方検察庁特捜部の検察官がこのような取材に応じたり捜査の進行状況を漏らしたりするわけがない。また、仮に検察官に取材していたとしても、検察官が漏らした事実を反対取材せずうのみにして掲載したのだから、真実と信じるについての相当理由はない。

また、室長在職中の昭和六二年秋ころの現金の授受や飲食店での接待については、公訴時効完成前であり刑事訴追が可能であるのに、原告が収賄罪で立件されなかったということは、参事官補時代の収賄疑惑も含めてF供述が信用できないことを示している。山口寿一(以下「山口」という。)記者は、六月二〇日過ぎの取材で、原告が立件されないことを知っていながら、参事官補時代のみならず室長在職中の昭和六二年秋ころの現金の授受や飲食店での接待について、次々と記事を執筆し、被告讀賣新聞社はこれを掲載したのである。したがって、被告讀賣新聞社には真実と信じるについての相当理由などない。

四  被告NHKの主張

1  本件放送一〜六の対象は、県警本部長の経歴を持つ警察官僚の幹部で交通安全対策室長という行政の中枢にいる高級公務員が、現職の室長当時及び同室参事官補在職中同一の出入り業者に対し賄賂や接待を要求し、右業者から賄賂や接待を受けていた旨の事実であって、強い公共性が認められる。

2  被告NHKは、高級公務員である原告の収賄容疑を報道することは国民一般の知る権利に奉仕するものであると判断し、報道機関としての使命から本件放送一〜六を行ったものであり、いずれも公益を図る目的に出たものである。

3  本件放送一〜六の主要な部分は次の各事実であるところ、これらはいずれも真実である。

(一) 原告は、交通安全対策室参事官補在職中に広告業者から現金一〇〇万円余りを受領した疑い及び交通安全対策室長在職中広告業者から料理店などで接待を受けた疑いにより、東京地方検察庁で任意で事情聴取を受けた。

(二) 山田馨司総務庁官房長(以下「山田官房長」という。)は、昭和六三年六月三〇日記者会見で、原告から東京地方検察庁で(一)の事情聴取を受けたことについて事情を聞いたところ、原告は東京地方検察庁で事情聴取を受けた事実は認め、交通安全対策室参事官補在職中に現金を受け取った事実は否定し、昭和六二年秋ころ業者が留守中に現金数十万を置いて行ったが翌々日に返したと報告した旨発表した。

五  被告讀賣新聞社の主張

1  本件新聞報道一〜五の対象は、県警本部長の経歴を持つ警察官僚の幹部で交通安全対策室長という行政の中枢にいる高級公務員が、現職の室長当時及び同室参事官補在職中同一の出入り業者に対し賄賂や接待を要求し、右業者から賄賂や接待を受けていた旨の事実であって、強い公共性が認められる。

2  被告讀賣新聞社は、高級公務員である原告の収賄容疑を報道することは国民一般の知る権利に奉仕するものであると判断し、報道機関としての使命から本件新聞報道を行ったものであり、いずれも公益を図る目的に出たものである。

3  本件新聞記事一〜五の主要な部分は原告が交通安全対策室参事官補ないし室長であったときに、職務に関連して、出入りの業者から飲食の接待ないし現金の供与を受けていた疑いがあり、捜査当局から事情聴取を受けたという事実であるところ、この事実はいずれも真実である。

4  本件新聞記事一〜五について、仮に真実であることの証明がないとされるとしても、被告讀賣新聞社には、以下のとおり記事の内容を真実であると信ずるにつき相当の理由がある。

(一) 被告讀賣新聞社においては、山口記者と勝股秀通(以下「勝股」という。)記者が昭和六三年五月一六日ころから七月一二日までの間、東京地方検察庁の検察官複数を連続して多数回取材して事実を確認した。また、F検面調書は信用性が高いものであるが、右調書においてFは原告に対する贈賄の事実を供述しており、右調書の内容を山口、勝股両記者は取材によって把握していた。

(二) また、右両記者は総務庁、警察庁及びサンコー以外の原告に金品を交付した業者など多数の関係者にも取材した。本件新聞記事四に記載の原告のすし店での行状は、当該すし店の主人であるK(以下「K」という。)から取材した事実であり、Kからの取材内容は、同人が中立的第三者であり、取材した記者に対し自己の氏名や電話番号を明かすという真摯な態度から信用できるものと判断された。

六  争点

1  本件放送一〜六は、いかなる点において原告の名誉を毀損するものか。

2  本件新聞報道一〜五は、いかなる点において原告の名誉を毀損するものか。

3  本件放送一〜六及び本件新聞記事一〜五の内容は公共の利害に関する事実に係り、かつ、本件放送一〜六及び本件新聞報道一〜五が専ら公益を図る目的に出たものと認められるか。

4  本件放送一〜六によって摘示された事実は真実と認められるか。

5  本件新聞記事一〜五によって摘示された事実は真実と認められるか。

6  真実と認められない記事につき、真実と信じる相当の理由があったか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件放送一〜六の名誉毀損の成否)について

1  本件放送一〜六は、原告は、交通安全対策室参事官補在職中に総理府汚職で既に逮捕されている広告業者から現金一〇〇万円余りを受領した疑い及び交通安全対策室長補在職中広告業者から料理店などで接待を受けた疑いにより東京地方検察庁で任意で事情聴取を受けたこと、総務庁官房長が記者会見で、右事情聴取に関して原告に事情を聴いたところ現金の受領を否定している旨発表したこと、この疑惑は金額が比較的少額であることや収賄罪の時効となっている事実が含まれていることなどから原告は刑事責任を問われない見通しであることを主な内容とするものというべきである。

右内容のうち、原告は交通安全対策室参事官補在職中に総理府汚職で既に逮捕されている広告業者から現金一〇〇万円余りを受領した疑い及び交通安全対策室長在職中広告業者から料理店などで接待を受けた疑いにより東京地方検察庁で任意で事情聴取を受けた事実を摘示することは、一般視聴者に対し、原告が既に逮捕されている広告業者から現金を受け取り、接待を受けたという疑いで捜査当局から取調べを受けているとの印象を与えるものであるから、潔白について国民から最も信頼されるべき警察官としての職歴と交通安全対策室長の要職にある原告の職務及び地位に鑑みると、このような放送は原告に対する社会的評価を著しく低下させるものと認められる。

2  なお、原告は、被告NHKは、本件放送一〜六の外、昭和六三年六月三〇日午前六時過ぎのニュース番組で総務庁交通安全対策室長である原告が出入りの業者から二〇〇万円の賄賂を受け取り高級料理店で接待を受けるなどの収賄をした旨の放送を行った旨主張し、甲A一、三の1〜10、五、証人原田文子及び原告の各供述中には一部右主張に沿う部分もあるが、検証(被告NHKの総合テレビジョンの同日午前六時〜七時の放送の録画ビデオテープ)の結果、乙一三の1〜4、一四、証人三代修の証言と対比して信用するに足りず、他に原告主張の内容の放送が行われたと認めるに足りる証拠はない。

3  また、原告は、本件放送一〜六は、原告が交通安全対策室参事官補在職中に広告業者から現金一〇〇万円余りの収賄をした、交通安全対策室長時代に広告業者から現金をいったん受け取ったり、接待を受けたりして収賄したとの事実を報道するか、あるいは、一般視聴者をして強く右のような事実があったという印象を与えるものであって、単なる疑惑報道ではない旨主張する。

本件放送一、二、四〜六は、いずれも、放送の冒頭で交通安全対策室長である原告が特捜部から任意で事情を聞かれたことを簡潔に述べた後に「疑惑が指摘されています」「疑いがもたれています」との表現を用いながら疑惑の対象として広告業者からの現金の受け取りと飲食店での接待について伝えていること、さらに、疑惑の対象となっている事実についても「現金を受け取った」「接待を受けていた」という表現を用いてその言葉自体が職務との関連性や対価性をうかがわせる「賄賂を受け取った」等の表現を一切用いていないことから、全体として、原告が広告業者から収賄したとの事実はもちろん、広告業者から現金を受け取ったり接待を受けたという事実がある旨報道したものでもなく、右事実を被疑事実として東京地方検察庁の特捜部が原告から任意で事情を聞いたという事実を報道したものであると解すべきである。

また、原告は、本件放送六の中で、金額が比較的少なく時効となっている事実が含まれていることなどから刑事責任を問われることはないものとみられている等放送したのは、原告が収賄したことを前提にしている旨主張する。しかし、本件放送一〜六(なお、右に類似する表現として、本件放送二に「この現金の受け取りはすでに収賄罪の時効となっている」旨の放送、本件放送四に「時効などの関係で、刑事責任を問わないまま捜査を終えるものとみられる」旨の放送がある。)は、前示のとおり原告が東京地方検察庁特捜部から事情を聞かれたとみられる疑惑の事実について、昭和五〇年から昭和五二年までの事実については仮に収賄の疑いがあるとしても公訴時効が完成していることなどから、立件には至らない見通しであるとの見解を表明したものにすぎず、原告が業者から現金を受け取ったり接待を受けたりした疑惑で事情聴取を受けたことを摘示する以上に、原告が収賄したことを前提にした放送であると解するとはできない。

また、原告は、本件放送六で「この総理府の汚職事件で逮捕された二人」との表現は原告が逮捕された旨の報道であり、原告が収賄したと断定したものである旨主張するが、本件放送四のとおり総理府の汚職事件でHと総理府元参事官S(以下「S」という。)が逮捕されたことが既に報道されていること、本件放送六では、原告とU(以下「U」という。)元広報室長が事情聴取を受けたことのみ放送されていること、二人が刑事責任を問われることはないものとみられている旨述べられていることから、「総理府の汚職事件で逮捕された二人」とは原告とU元広報室長のことではなく、HとSを指しているものと理解できるから、原告の主張は採用できない。

二  争点2(本件新聞報道一〜五の名誉毀損)について

1(一)  本件新聞記事一、二は、「総理府汚職」「総務庁幹部も接待受ける」「甲野室長(警察庁出身)を聴取」「飲食、現金受ける」「交通安全ポスターで便宜」等との見出しと合わせると、原告が交通安全対策室長就任後、出入りの広告業者であるサンコー社長のFから数回にわたって約三〇万円相当の飲食の接待を受けたり、現金数十万円を受け取った疑いや、交通安全対策室の参事官補であった昭和五〇年二月から同五二年一月までの間、同じ業者を含む複数の印刷業者から数回にわたり現金百数十万円を受け取った疑いで、政府広報をめぐる汚職事件を捜査している東京地方検察庁特捜部から原告が事情聴取を受けたことを事実として摘示するものであると認められる。

右事実は、一般読者に対し、原告がサンコー社長のFから現金を受け取り、接待を受けたという事実で捜査当局から収賄の嫌疑を受けているとの印象を与えるものであるから、右記事は、前示一1と同様の理由により、原告に対する社会的評価を著しく低下させるものと認められる。

(二)  さらに、本件新聞記事一、二には、「“腐敗の体質”は他省庁のそれも警察官僚にまで及んだ。」との表現や「Fは、これらの契約で、甲野室長から便宜を図ってもらった謝礼として、接待を重ねていたらしい。」との記述もあるが、「甲野室長(警察庁出身)を聴取」との見出しや「政府広報をめぐる総理府汚職で、新たに総務庁の甲野太郎・交通安全対策室長(五三)が、広告代理業「サンコー」社長、F(六〇)(起訴済み)から、約三〇万円相当の現金や飲食の接待を受けていた疑いが浮かび、東京地検特捜部は二十九日までに、甲野室長から事情聴取した模様だ。」とのリード部分が置かれていることから、全体としては、原告が検察庁から事情聴取を受けたこととその被疑事実を記述したにとどまり、一般読者に対し、原告がサンコー社長のFから現金を受け取ったり接待を受けたりしたという容疑で捜査当局から事情聴取を受けたという程度を超えて、原告が現金受け取り等の収賄をした旨報道しているものとは認めることができない。

(三)  以上によれば、本件新聞記事一、二は、(一)に示した内容のものとして原告の名誉を毀損するものであると認められる。

2  また、本件新聞記事三は、東京地方検察庁特捜部は、原告が広告業者から室長就任後に現金数十万円を受け取ったり、十年余前に百数十万円を受け取った疑いで事情聴取を受けたことについては、現金授受の大半が時効であり、室長就任後に受け取った十数万円は返していることから立件されなかったことを内容とするものである。

右内容は、一般読者に対し、原告についてはサンコー社長のFから室長就任後に現金数十万円や参事官補時代に現金百数十万円を受け取った疑いが持たれているが、時効等の理由で立件されなかったとの事実を摘示するものであるから、本件新聞記事一、二と同様に原告に対する社会的評価を低下させるものと認められる。

3(一)  本件新聞記事四は、原告は、立件には至らなかったが交通安全対策室長就任後サンコーから現金や接待の提供を受けていた疑いを持たれていたこと、交通安全対策室の事業を扱う広告・印刷業者から赤坂のすし店で接待を受けたり、参事官補時代に銀座のすし店でサンコー社長のFらから連日のように接待を受け、すし店での飲食代金につき水増しした請求書を業者に回し水増し分を自分に渡すようすし店に頼んだことがあったということを内容とする記事である。

右内容は、一般読者に対し、原告が業者から現金や接待を受けていた旨捜査当局から疑いを持たれていたということの外、原告は室長就任後広告・印刷業者から赤坂のすし店で接待を受けていたこと、参事官補時代にも銀座のすし店で連日のように接待を受けたり、すし店に飲食代金の水増し請求をさせて水増し分を原告に渡すよう持ちかけたことがある等の事実を摘示して、原告に業者との「腐れ縁」があったとの印象を与えるものであるから、原告に対する社会的評価を著しく低下させるものと認められる。

(二)  原告は、本件新聞記事四は、「総理府広報汚職の相関図」として<収賄>の欄に「総務庁交通安全対策室甲野太郎室長」、<贈賄>の欄に「『サンコー』社長F(5/11逮捕)」と記載され、その間を「←現金・接待」との記載で結んでいる図があることから、原告がサンコーのFから収賄したと断定して報道した旨主張する。

しかし、同記事には、「点線内は立件せず」との注記があり、右「総務庁交通安全対策室甲野太郎室長」の記載は点線で囲まれていることから、右「相関図」の原告に関する部分は、捜査の対象及び結果を図示したものにとどまり、原告がサンコーのFから現金や接待を受けるなど収賄したと記述しているものとは認められない。

(三)  また、被告讀賣新聞社は、本件新聞記事一〜五の主要な部分は原告が交通安全対策室参事官補ないし同室長であったときに、職務に関連して、出入りの業者から飲食の接待ないし現金の供与を受けていた疑いがあり、捜査当局から事情聴取を受けたという事実である旨主張するが、本件新聞記事四は、「東京・赤坂に、総務庁の甲野太郎(中略)がひいきにしているすし店がある。」「甲野室長は、代金を業者に払わせ、差し回しのハイヤーで帰って行く。」「甲野室長は、総理府交対室参事官補だった十年余り前も、銀座のすし店に二日と間を置かず現れた。相手は(中略)F(中略)ら。『お客を連れて来るから、代金を水増しした請求書を業者に回して、水増し分をあとで私にくれないか』。こう店に頼んだこともあったという。」との具体的な記述があることから、単に接待を受けていた疑いがある旨の事実を摘示したものとはいえず、前示(一)のとおりの事実を摘示したものというべきである。

(四)  以上によれば、本件記事四は、(一)に示した事実を摘示したものとして、原告の名誉を毀損するものであると認められる。

4(一)  また、本件新聞記事五は、原告が参事官補時代にサンコーのFから現金約一五〇万円、他の印刷業者から現金数十万円、合計二百数十万円を受け取った疑いが濃厚になり、総務庁が再調査に乗り出したこと、さらに、原告は、業者から十数万円相当の自宅のじゅうたんを受け取った疑いがあること、室長就任後Fに契約打ち切りをにおわせながらフランス料理店で接待を受けた上、その後も発注打ち切りをにおわせたため、Fは現金五〇万円の入った封筒を原告の家族に手渡したことを内容とするものである。

右記事の内容は、「甲野室長を再調査」「現金受け取り広がる」との見出しとあいまって、一般読者に対し、原告が参事官補時代にサンコーやその他の業者から合計二百数十万円を受け取ったり十数万円相当のじゅうたんを受け取ったりし、室長就任後サンコー社長のFに接待や現金の供与を要求した疑いが強いと理解させるものであるから、原告に対する社会的評価を著しく低下させるものと認められる。

(二)  本件新聞記事五は、「関係者話を総合すると(中略)判明していた」「疑いも浮んでいる」「といわれる」等の表現により、関係者の証言として右疑いがあることを記述しているかにもみえる。しかし、「疑いが関係者の証言で濃厚になり」「疑いが強い」等の表現や、「現金受け取り広がる」との見出しの下に、「甲野太郎(中略)が、総務庁参事官補だった昭和五十年から五十二年にかけ、同府出入りの広告、印刷業者二社から、受け取った現金はさらに増え、計二百数十万円にのぼっていた疑いが関係者の証言で濃厚になり、総務庁は十一日、再調査に乗り出した」「さらに、『サンコー』とは別に、都内の大手印刷会社の系列会社幹部から、数回にわたり現金数十万円を受け取った疑いも浮かんでいる。十数万円相当とみられる自宅のじゅうたんも、業者から贈られたとされ、当時受領した現金は、総額二百数十万円に上る疑いが強い。」「関係者の話では、昨年九月末ごろ、同室長はF被告に電話をし、(中略)霞が関のフランス料理店を指定。フルコースのもてなしを受けた。」「その後も『サンコー』への発注打ち切りをにおわせたため、F被告は昨年十月初めごろ、(中略)同室長宅を訪ね、家族に現金五十万円の入った封筒を手渡した。」「これに対し、甲野室長は四日後、F被告を役所に呼び出し、五十万円を返した。このときの模様について、同被告は周囲に『金を持って来いと言ってもなかなか持って来ないで、揚げ句に女房に渡すとはなんだ、と強い口調でいわれた。(中略)サンコーへの契約全部の打ち切りを告げられた』と漏らしている。」と詳細かつ具体的な記述をしていることから、右記事は、被告讀賣新聞社の主張する事実以上に、前示(一)のとおり、原告が参事官補時代にサンコーやその他の業者から合計二百数十万円を受け取ったり十数万円相当のじゅうたんを受け取ったりし、室長就任後Fに接待や現金の供与を要求した疑いが強いと理解させるものであるというべきである。

(三)  以上によれば、本件新聞記事五は、(一)に示した内容のものとして、原告の名誉を毀損するものであると認められる。

三  争点3(本件放送一〜六及び本件新聞報道一〜五に係る事実の公共性、放送及び報道行為の公益目的)について

1  本件放送一〜六及び本件新聞報道一〜五が原告の名誉を毀損するものであるとしても、民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

原告が、県警本部長の経歴を持つ公務員であり、かつ、交通安全対策室長の要職にあったことからすれば、前示のような放送及び新聞報道の内容は公共の利害に関するものと認められ、専ら公益を図る目的をもってされた行為であると認めるのが相当である。

2  原告は、参事官補在職中に収賄したとの報道については、公訴時効が完成し、かつ、疑惑がないことが客観的にはっきりしているのだから、このような事実について興味本位で大々的に報道することは、公共の利害に関する事実の報道とはいえず、また、公共の利益を図る目的があるとは考えられない旨主張する。

証拠(甲A六)によれば、山田官房長は、昭和六三年六月三〇日記者会見で、原告から東京地方検察庁で事情聴取を受けたことについて事情を聞いたところ、原告は東京地方検察庁で事情聴取を受けた事実は認め、交通安全対策室参事官補在職中に現金を受け取った事実は否定し、昭和六二年秋ころ業者が留守中に現金数十万円を置いて行ったが翌々日に返したと報告した、総務庁としては本人がそう言っている以上は今の段階ではそれを受け止めるしかない、昭和六二年度の交通安全ポスターや交通安全教材からサンコーとの随意契約を企画競争方式に変更したことは原告の功績である旨発表したことが認められる。

しかし、右の総務庁の発表は原告の言い分を今の段階ではそれを受け止めるしかないと発表したものにすぎないから、これをもって原告に疑惑がないことが客観的にはっきりしたとは認めるに足りないし、原告が前示のような要職にあることに鑑みると、業者からの接待や現金の受け取りの有無は原告の公務員としての適格性に関連しているから、公訴時効が完成したか否かにかかわらず公共の利害に関する事実であり、これを報道する行為は公益を図る目的をもってされた行為であるというべきである。

四  争点4(本件放送一〜六の内容の真実性)について

1  本件放送一〜六は、前示一のとおり、原告が交通安全対策室参事官補在職中に総理府汚職で既に逮捕されている広告業者から現金一〇〇万円余りを受領した疑い及び交通安全対策室長在職中広告業者から料理店などで接待を受けた疑いにより東京地方検察庁で任意で事情聴取を受けたとの事実を摘示し、一般視聴者に対し、原告が既に逮捕されている広告業者から現金を受け取り、接待を受けたという疑いで捜査当局から取調べを受けているとの印象を与える点で原告の名誉を毀損するものであるから、真実性の証明も右摘示の事実につき行われれば足りる。

2  証拠(乙一、二、八、九、原告)によれば、以下の事実が認められる。

(一) Fは、外二名と共謀の上Hに対し賄賂を贈ったとの被疑事実で捜査機関の取調べを受けている過程で、原告が交通安全対策室参事官補在職中に合計一一〇万円の現金を贈ったり飲食店で接待を行ったりしたことや、原告が交通安全対策室長就任後に飲食店での接待を要求され、その後五〇万円を自宅に持参したが返されたことを検察官に供述し、F検面調書が作成された。

原告は、Fの右供述に関連して、昭和六三年六月二二、二三、二四日の三回特捜部の検察官の事情聴取を受け、供述調書(被疑罪名収賄の被疑者調書)が作成された。原告は、右事情聴取に対し右各事実をいずれも否定した。原告に対する収賄被疑事件については、いわゆる正式立件には至っていない。

(二) したがって、1に記載された疑惑について原告に対する事情聴取が行われたことは真実であると認められる。

3 そうすると、原告の被告NHKに対する請求は、いずれも理由がない。

五争点5(本件新聞報道一〜五の内容の真実性)について

1  本件新聞報道一〜五は、前示二1〜3のとおり、以下の事実を内容とするものであり、真実性の証明も以下の各事実につき行われれば足りる。

(一) (本件新聞報道一、二、三、四)

原告は、交通安全対策室長就任後、出入りの広告業者であるサンコー社長のFから数回にわたって約三〇万円相当の飲食の接待を受けたり、現金数十万円を受け取った疑いや、交通安全対策室参事官補在職中の昭和五〇年二月から同五二年一月までの間、同じ業者を含む複数の印刷業者から数回にわたり現金百数十万円を受け取った疑いにより、東京地方検察庁特捜部から事情を聴取された。

(二) (本件新聞報道四)

原告が交通安全対策室長就任後に広告・印刷業者から赤坂のすし店で接待を受けていた、参事官補時代に銀座のすし店でサンコー社長のFらから連日のように接待を受け、すし店での飲食代金につき水増しした請求書を業者に回し水増し分を自分に渡すようすし店に頼んだことがある。

(三) (本件新聞報道五)

原告は、参事官補時代にサンコーのFから現金約一五〇万円、他の印刷業者から現金数十万円、合計二百数十万円を受け取った疑いが濃厚になり、総務庁が再調査に乗り出した。原告は業者から十数万円相当の自宅のじゅうたんを受け取った疑いがある。原告は、室長就任後Fに契約打ち切りをにおわせながらフランス料理店で接待を受けた上、その後も発注打ち切りをにおわせたため、Fは五〇万円の入った封筒を原告の家族に手渡した。

2  証拠(乙一〜七)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) Fは、原告が交通安全対策室参事官補在職中に、交通安全対策室で「社長、たまには一席設けろよ」等と高級料亭での接待等を要求されて接待を行ったり、「いや、社長すまんが急な用立てがあって、ちょっと協力してくれんか」等と三〇万円を二回、五〇万円を一回要求され合計一一〇万円の現金を贈ったりした。

(二) 原告は、交通安全対策室長就任後、昭和六二年八月下旬ころFが挨拶に来た際、Fに対し、「昔のサンコーはよくやってくれた。社長、これからは昔のようにちゃんと協力しなさいよ。」と言った。F、右のような原告の言動や同年八月上旬から中旬にかけて原告を交通安全対策室長室に訪ねた時の印象から、仕事を円滑に進めるために原告を接待する必要があると考えた。そこで、当時サンコーの会長をしていた元青森県警察本部長のY(以下「Y」という。)を通して原告に一席設けたい旨申し入れたところ、原告は霞が関ビルの最上階にあるフランス料理店を指定してきた。Fは、同年八月下旬ころYとともに原告を右の店で接待し、飲食代金約四万五〇〇〇円はサンコーが負担した。その際原告は、二次会と称してYとFを自宅に連れて行き、ホームバーのように造作した地下室など、家の中を案内した。

(三) 原告は、その後もFに対し、「昔のように協力しなさいよ」ということを繰り返し述べる一方、「おれは、ポスターや連絡バッグ等にキャラクターを使用することについてはもともと反対なんだ。自分が室長としてやるからには、自分の考えをどんどん出してやっていくつもりである。人のアイデアでいいなら別にサンコーでなくたっていいんだ。」などと述べ、また、サンコーが連絡バッグに代わるアイデアを用意して説明に行った際にも、原告は急用と称して出席しなかった。そして、原告は、昭和六二年一一月上旬ころFに対し、「社長なあ、これだけなあ、いろいろ社長に言ってきたがまだわからないのか。おれの気持ちをわかってはくれていないのかなあ。」と述べた。Fは、これまでの経緯から、原告の機嫌を損ねると仕事が受注できなくなってしまうおそれがあると考え、原告に現金を届けることを決意し、同年一一月末か一二月上旬ころ現金五〇万円を封筒に入れ、「動物たち」という雑誌に挟んでその雑誌の発送用の封筒に入れて封をして原告の自宅に持参し、原告が帰宅していなかったため、原告の妻に「ご主人が帰られましたらお渡し下さい」と言って渡した。

その数日後、Fは、交通安全対策室長室に呼ばれ、原告は、「この間はせっかくいいものを作って持ってきてくれたけれども、もう少し知恵を絞るといいがなあ。」と言った後、「はい、これ」と言って右の現金五〇万円が入った紙袋をFに渡した。

Fがその翌日か翌々日に室長室に行き「この度はたいへん失礼いたしました」と詫びると、原告は「いや、いいんだ」と言いつつ冷やかな態度で接し、以後Fが来ても冷やかな対応に終始するようになった。

3  以上の事実について、原告は、前記第二の三6(四)(イ)〜(リ)のとおり、F供述は原告の供述と対比して信用できないと主張する。しかし、以下に検討するとおり、F供述は十分に信用することができる反面、これに反する原告の供述部分は採用することができない。

なお、原告は、前記第二の三6(三)のとおり、本件における真実性の証明は独自の取材による資料のみで立証されるべきである旨主張するが、真実性を立証するための証拠資料は原告主張の資料に限定されないものと解するのが相当である。

(一) F供述は、全体としてみれば特に不自然な点はなく、原告の参事官補当時のことについては時効が完成しているとはいえ、F自身元警察庁の職員であり、その供述中に元警察庁や交通安全対策室の職員であった関係者の名が少なからず出てくる中で、贈賄罪という自己の犯罪事実を進んで供述するものであるから、信用性が高いといえる。さらに、F供述の根幹となる重要な部分について、これを裏付ける証拠が存在する。すなわち、昭和五一年一一月ころ赤坂の「留園」でFが原告に現金五〇万円を渡したことは、右現場に立ち会ってその場面を見ていたAの供述により裏付けられているし、Aは、その前の二回にわたる各三〇万円の社長仮払があったことを記憶し、Fにこれらが原告に渡ったものであることを確認した旨供述している。また、Aは、昭和五〇年一一月ころの「さくま」での原告と池田部長の接待及び同五二年一月ころの「ふく源」でのトヨタ自動車販売株式会社との合同の接待にも同席した旨供述し、その際の印象に残ったエピソードを具体的に供述している。

(二) また、F供述を細かく検討すると、検面調書と尋問調書とで、「さくま」での一回目の接待の出席者と代金額、二回目の現金の授受の際の現場へ到着した者の順番、三回目の現金の授受の出席者と場所、霞が関ビルのレストランでの会食の時期に食い違いがみられる。しかし、検面調書(乙四)が極めて短時間(一日)のうちに作成されたこと(乙三〜六)、後になってAと話をしたり、記憶を整理して思い返したり、調書作成後検察官からクレジットカードの記録等を調べてもらった結果、右各変遷が生じた旨Fが供述しており、A供述も右F供述に沿うことから、右変遷をもってF供述が信用できないものということはできない。

(三) 原告は、昭和五〇年、五一年当時のサンコーの登記簿謄本にAの名前がないことから(甲A二六の1〜7)、サンコーにはAなる専務取締役は存在しない等と主張するが、証拠(乙七、一五の1、2、一六の1、2)によれば、Aは、サンコーの登記簿上は昭和五四年七月三一日取締役就任と記載されているものの、実際には昭和五〇年にFが体調を崩したころから同五六年までサンコーの専務取締役の地位にあって、参事官補当時の原告とは何十回も会っていることが認められるから、原告の右主張は採用できない。

(四) また、原告は、Fが刑事事件の公判において入院したと供述する時期と原告がFに対し最初に接待を要求したとされる時期が重なっていること(甲A一七)等からF供述は全く信用できない旨主張する。確かに、入院の時期についてのF供述が変遷していることは原告が指摘するとおりであるが、証拠(甲A二七、乙一、二)によれば、Fは捜査段階では少なくとも調書の上では膠原病による入院につき事情を聴かれておらず、贈賄の状況に比べて重要性の低い入院の時期について、記憶に多少の混乱が生じたのは無理がなく、入院の時期についての供述が変遷していることから、直ちにF供述の全体が信用性を失うことにはならない。

(五) さらに、原告は、交通安全ポスターの契約締結権限はHの所属していた総理府官房会計課にあること、Hは「天皇」と呼ばれるほどの実力者であり、FとHの仲は「義兄弟」と言われるほど親密であったことからすれば、Fが右当時原告に賄賂を供与する必要はなかったし、原告もFに賄賂を要求できる環境になかったと主張するが、証拠(甲A三五、三七、三九)によれば、交通安全ポスターの受注契約について最終的な権限を有しているのは大臣官房会計課の会計担当参事官(支出負担行為担当官)であるが、原局である交通安全対策室で随意契約にするか、業者はどこにするかを実際上決定し、それを官房会計課が審査するというやり方を採っていたことが認められる。

右の事情の下においては、たとえHが大きな権限を振るっていたとしても、交通安全対策室の総務担当参事官補であり、また、同室長となった原告に、交通安全ポスターの企画等を通じて、契約の方式や受注業者の選定等に関し大きな影響力を行使し得る職務権限が認められることは明らかであって、原告の右主張は採用できない。

(六) 原告は、Fは、検面調書(乙一)において、原告は参事官補時代他の職員が食事から戻ってから食事に行くとのリズムをとっていたため、昼時交通安全対策室を訪ねると原告が一人でおり、その際現金の要求を受けた旨供述しているが、原告は、当時交通安全対策室には昼時でも女子職員がおり、原告が一人になることはない旨主張し、甲A一九の1、2にはこれに沿う記述がある外、原告のその旨の供述もある。しかし、原告が一人だけになる機会が全くなかったと認めるに足りる証拠はないから、原告の右供述部分は採用することができない。

(七) Fは、昭和五〇年二月原告から凸版印刷小石川事業本部の池田部長を紹介された場所について、六本木のロアビルの中のプレイボーイという店であったと供述しているところ、証拠(甲A三四)によれば、右当時にはプレイボーイという店は存在していないことが認められるから、その部分に関するF供述は誤りであったことになる。

しかし、右の供述で重要なのは「原告から池田部長を紹介されたこと」であって、その場所が特に重要な意味を持つわけではないから、プレイボーイが実在しないことから直ちにF供述が信用できないことにはならない。

(八) Fは、当時交通安全対策室に勤務していた吉田に対し原告から金銭を要求されている事情を打ち明けて相談したと供述しているところ、吉田は原告代理人の事情聴取に対し、そのような事実は全くないと供述している(甲A二一、二二)。しかし、吉田の右供述こそが真実であるとする裏付けはなく、右F供述を虚偽であると断ずるには至らない。

(九) Fは、平成二年七月一七日の当庁昭和六三年(ワ)第一五一七六号事件第九回口頭弁論期日において右事件の被告ら代理人から昭和六二年一一月ころの原告に対する現金供与の件につき質問された際、刑事責任を問われるおそれがあることを理由に証言を拒否しているが、その後平成三年四月二三日の右事件第一四回口頭弁論期日において、右の事実について証言している。

Fが証言拒否の態度を変え、右事実について証言することになった理由としては、右事実については立件していない旨の特捜部の回答書(甲四五の1〜4)が提出されたことによると理解することができ、証言拒否の態度を変更したことから直ちにF供述が信用できないものということにはならない。

(一〇) 原告は、Fが供述する原告による賄賂の要求や受領の事実はすべてFの逆恨みに基づくでっち上げである旨主張するが、証拠(乙一〜六)によれば、Fは、昭和六三年五月当時Hに対する贈賄被疑事件について東京拘置所において特捜部の検察官の取調べを受けていたが、同月二五日取調べに当たっていた山田検事から突然原告とサンコーとの関係について尋ねられ、自分の不利になることであり、原告にも迷惑が掛かることから、初めは原告に対する現金供与や接待の事実を否認していたこと、しかし、山田検事は、交通安全対策室の職員らから確度の高い情報を得ている様子でFを厳しく追及したため、Fは、観念をして原告に対する現金供与や接待の事実を供述したことが認められる。したがって、Fが原告を逆恨みして贈賄の事実をでっち上げたとの原告の主張及びこれに沿う原告の供述部分は採用できないというべきである。

4(一)  前示2(一)〜(三)の事実及び第二の二7の事実によれば、原告が、交通安全対策室長就任後にFから現金数十万円を受け取った疑いや交通安全対策室参事官補在職中の昭和五〇年二月から同五二年一月までの間、同じ業者を含む複数の印刷業者から数回にわたり現金百数十万円を受け取った疑いにより東京地方検察庁特捜部から事情聴取を受けたことや、室長就任後Fに契約打ち切りをにおわせながらフランス料理店で接待を受けた上、その後も発注打ち切りをにおわせたため、Fが五〇万円の入った封筒を原告の家族に手渡した事実は真実であると認められる。

(二)  しかし、右(一)の事実を含めて考えても、本件新聞記事一、二のうち原告が交通安全対策室長就任後にサンコー社長のFから数回にわたって約三〇万円相当の飲食の接待を受けた疑いがあるとの事実、本件新聞記事四のうち原告が交通安全対策室長就任後に広告・印刷業者からの赤坂のすし店で接待を受けたり、参事官補時代に銀座のすし店でサンコー社長のFらから連日のように接待を受け、すし店での飲食代金につき水増しした請求書を業者に回し水増し分を自分に渡すようすし店に頼んだことがあるとの事実、本件新聞記事五のうち原告が参事官補時代にサンコーのFから現金約一五〇万円、他の印刷業者から現金数十万円、合計二百数十万円を受け取った疑いがあり、業者から十数万円相当の自宅のじゅうたんを受け取った疑いがあるとの事実については、本件全証拠によってもこれを真実であると認めるに足りない。

(三)  なお、Kの陳述書(丙一)には、原告は十年以上前Kが経営する銀座のすし店「武鮨」に業者と一緒に相当頻繁に来たが、いつも請求書を業者に回し、差し回しのハイヤーで帰っていった、その業者の中にサンコーのFがいた、赤坂のすし店「石」の経営者の石嶋敏雄(以下「石嶋」という。)は原告がよく「武鮨」に来ていたころ原告の担当で原告と極めて親しく、原告は「石」に業者と一緒によく来ていると聞いた旨の記載があり、証人Kの証言中にもほぼ同旨の供述部分がある。しかし、同証人は、一方で、昔のことなので被告讀賣新聞社の記者にどう話したか忘れた、原告が「武鮨」に来ていたときの役職は分からない、たまたま来たときにハイヤーということが耳に入った程度である、「石」にどんなお客が来ているか聞いた記憶はない、本件新聞記事四は掲載当時読んだことはない、付け回しを依頼した方法も覚えていない等あいまいな供述をしていること、証拠(丙一、証人石嶋、同K)によれば、Kは、石嶋とは「武鮨」の生命保険金のこと等をめぐって喧嘩別れし、相互によい感情を抱いていないことが認められる上、証人石嶋の供述と対比して、前記Kの陳述書の記載や供述部分は信用するに足りない。

(四)  他に本件新聞記事一、二、四、五に摘示された前示(二)の事実を真実であると認めるに足りる証拠はない。

5  そうすると、本件新聞記事一、二、四、五のうち、前示4(二)の点については、被告讀賣新聞社の真実性の抗弁は認めるに至らない。

六  争点6(前示五4(二)の摘示事実について、その内容を真実と信じる相当の理由の有無)について

1  証拠(甲A一の6、11、丙一〜三、証人山口、同勝股、同石嶋、同K)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告讀賣新聞社においては、総理府汚職の取材は同社の山口記者と勝股記者(以下「両記者」という。)が担当し、両記者は被告讀賣新聞社の総理府担当の記者や警察庁担当の記者と協力しつつ、昭和六三年五月一一日ころから同年七月上旬ころまでほぼ連日右の件について取材していた。両記者は、別々に取材した情報をそのままメモにして突き合せて、互いに質問し合ったり再度取材先に問い合せたりしたり、司法記者クラブのキャップに報告し指示を仰いだりしていた。両記者は、そのような過程で最終的に得られた情報を総合して、信用性を判断したり、記事を書いたりしていた。

(二) 両記者は、総理府汚職の捜査を担当している検察官三、四人から取材し、その結果、同年五月三〇日ころまでの間に、Fが検察官に対し、Fが原告に交通安全対策室長就任以後都内の飲食店で数回にわたって約三〇万円相当の飲食の接待をしたり、現金数十万円を交付したりしたことや、原告の参事官補時代にFや凸版印刷小石川事業本部が交通安全対策室の事業である交通安全ポスター受注の謝礼として原告に数回に分けて現金百数十万円を渡したこと等を供述しているとの認識を得た。

両記者は、Fが自己の罪になることを供述していること、Fが検察官に対し甲野さんと刺し違える覚悟である等と話しているとの情報を得たこと、検察官がFの供述を信用性が高いと判断している様子であったことから、Fが供述している事実については真実の蓋然性が高いものと考えていた。

両記者は、同年六月二〇日過ぎころ東京地方検察庁特捜部の検察官から取材して、原告については現金の授受の大半が時効であることと室長時代の現金の受け取りについては返していることから、検察庁は正式立件しない方針であることを知った。

両記者は、同年六月三〇日ころ東京地方検察庁特捜部の検察官からの取材によって、原告がそれ以前に検察庁から事情聴取を受けたことを知り、現職の高級官僚に検察官が事情聴取したことで、前記の取材によって得た認識が真実であることの確信を持ち、山口記者が本件新聞記事一、二を執筆掲載した。

(三) 同年六月三〇日、本件新聞報道一、二、被告NHKの本件放送一〜六の外、全国紙を発行する株式会社朝日新聞社や地方紙を発行する株式会社中日新聞社を始めとする全国の新聞社によって、原告が交通安全対策室参事官補時代にサンコーのFから現金百数十万円の提供を受けたり飲食店で接待を受けたりした疑いや同室長就任後に現金数十万円を受け取った疑いで東京地方検察庁特捜部から事情聴取を受けた等の報道が行われた(この点は当裁判所に顕著な事実)。

(四) Kは、右報道を見聞したことをきっかけとして、被告讀賣新聞社に対し、自己の氏名と電話番号を明らかにした上で、原告の業者との付き合いについて情報提供する旨の電話をした。そこで、山口記者は、Kに電話し、Kから、原告が十数年前Fらと連れ立ってKの経営するすし店「武鮨」で飲食して、その伝票をサンコーへ回していた、原告が交通安全対策室長に就任後は、以前に「武鮨」の職人で原告の担当を主にしていた石嶋が経営する赤坂のすし店「石」で業者と一緒に飲食しているらしい、という情報を得た。Kは、「石」での原告の様子を知っている理由として、知り合いが「石」で働いているからである等と話し、原告と石嶋は「武鮨」時代から親しいことを話した。

山口記者が「石」の経営者である石嶋に電話したところ、原告がお客さんとして来ることは認め、業者とよく一緒に来ることや業者が代金を支払う点については否定していた。山口記者は「石」での原告の様子をKに伝えたという者には取材しなかった。

山口記者は、Kが氏名と電話番号を明らかにしたこと、電話での話しぶりが真剣であったこと、全体に自然でよどみなく、質問にも明快に応えることから、Kの情報は信用できると判断し、右取材の結果を別の執筆記者に伝え、本件新聞記事四が執筆掲載された。

(五) Kは、石嶋が「武鮨」にいたときのことについて、原告のために「武鮨」における飲食代金の請求書を少なく見積もって、代わりに原告がバーやクラブへ業者と行くときに一緒に連れて行ってもらっていたのではないか等と疑っていた。また、石嶋は、Kを「もうけ主義」と批判したりしたこと等をきっかけに「武鮨」を退職し、「石」を開店したもので、石嶋の退職後はKが開店のお祝いに出向いた以外は直接の往来はなかった。また、Kは、被告讀賣新聞社に電話を掛けた際、電話を掛けた動機について、新聞に出たことを読んだが、あれだけの地位の人がひどいではないか、徹底的にやった方がいいのではないか等と伝えていた。

(六) 同年七月一一日ころ、両記者は、東京地方検察庁特捜部の検察官を取材して、原告が参事官補時代にサンコーのFから一五〇万円、凸版印刷小石川事業本部から数十万円合計二百数十万円もの現金を受け取ったこと、十数万円の自宅のじゅうたんも業者から贈られていたらしいとの認識を得た。また、山口記者は、総務庁官房の幹部から、右のように嫌疑が広がったことから、総務庁が原告を同月一一日ころ再度調査した旨聞いた。

山口記者は、凸版印刷小石川事業本部に右の疑惑について取材したところ、そのような事実はない旨否定された。

さらに、両記者は、同じころ東京地方検察庁特捜部の検察官を取材して、原告の室長在職中にFが原告から現金五〇万円を返された際のことについて、Fが「金を持って来いと言ってもなかなか持って来ないで、揚げ句に女房に渡すとはなんだ、と強い口調で言われた。ソファにも座らせてもらえず、サンコーへの契約全部の打ち切りを告げられた。」と供述しているとの認識を得た。

山口記者は、右取材による情報を総合して、本件新聞記事五を執筆掲載した。

(なお、原告は、東京地方検察庁特捜部の検察官が右のような取材に応じたり捜査の進行状況を漏らしたりするわけがないから、両記者が右のような取材をした旨の証人山口の供述は虚偽である旨主張するが、前示(二)(六)の原告に関する事実についての両記者の認識は検察官とのやりとりによって得られた断片的な内容を突き合せて検討し、上司の指示を仰いだり、検察官に質問し直したりして得られた情報を検討した結果であり、右の認識内容そのままを検察官から聞いたわけではないと認められること、その認識内容がFの検面調書と重なる部分も相当あることに照らすと、証人山口の供述を虚偽であるとする原告の主張は採用できない。)

(七) 山口記者は、同年五月二一日ころ交通安全対策室において原告を取材し、交通安全の事業・発注について一般的な話を聞いた後、雑談として原告が石川県警察にいたときに撚糸工連の汚職事件で特捜部が捜査に来た際の捜査振りがすごかったという話と業者は安い店での接待から始めてだんだん深みにはめるように迫ってくるから、常々業者との付き合いに気を付けるよう自戒しているという話を聞いた。

また、山口記者は、同月二五日ころ交通安全対策室で原告を取材し、原告がサンコーのFからの飲食の接待や現金を受け取ったことを否定し、Fの印象と原告が室長に就任してから交通安全対策の広告の発注の仕方を改めようとしているという話を聞いた。

両記者は、同年七月一二日原告が交通安全対策室長辞任の記者会見を行った後、辞任の理由等について交通安全対策室で原告を取材した。

(なお、原告は両記者から右取材があったことをいずれも否定しているが、甲B一の6、11の記載内容及び証人山口、同勝股の各供述と対比して信用できない。)

2 以上の事実関係の下においては、公訴時効が成立していない室長就任後の接待について、回数や飲食代金額にF供述と大きな食い違いがあり、両記者の得た情報にいかなる裏付けや信頼性があったのか疑問であるところ、具体的な金額まで記述していること、Kと石嶋に対する取材は電話のみであること、石嶋は原告が業者と来店することを否定していたこと、Kは石嶋や原告(特に石嶋)に対しよい感情を抱いていなかったこと、しかも、Kは「石」での原告の様子を直接見ておらず、「石」で働いている者から聞いたとの伝聞情報であったこと、参事官補在職中に原告がFから受け取った疑いのある金額が百数十万円より更に増え、一五〇万円であるとする点と凸版印刷小石川事業本部から十数万円の現金を受け取った疑いがあるとする点と原告が業者から自宅のじゅうたんを贈られた疑いがあるとする点について、どのような取材の仕方によってそのような情報を得たのか、また、その情報にいかなる裏付けや信頼性があったのか疑問であるといわざるを得ないことが明らかである。

そうすると、被告讀賣新聞社には、前示五4(二)の摘示事実について、その内容を真実と信じるに足る相当の理由があったものとは認めることができない。

3  被告讀賣新聞社は、両記者が東京地方検察庁の検察官複数を連続して多数回取材してFの検面調書の内容を取材した結果得られた情報であるから真実と信じるに足る相当な理由がある旨主張するが、その主張のような理由だけで前示五4(二)の摘示事実について、真実と信じるに足る相当な理由があったものと認めることはできない。

また、被告讀賣新聞社は、本件新聞記事四記載の原告のすし店での行状についてのKの供述は、同人が中立的第三者であり、取材した記者に対し自己の氏名や電話番号を明かすという真摯な態度から信用できるものである旨主張するが、Kが被告讀賣新聞社に電話を掛けた際に徹底的にやった方がいいという趣旨を述べていたことから、情報提供者に真実を歪めて伝える感情が存在し得ることが山口記者にも感知し得たと認められること、「石」での原告の様子は伝聞情報であったこと、石嶋から事実を否定する取材をしながら、更に真偽を確かめる取材をしていないことに照らすと、被告讀賣新聞社の右主張は採用できない。

4  以上によれば、被告讀賣新聞社は、本件新聞報道一、二、四、五のうち、前示五4(二)の摘示事実の報道(以下「本件加害報道」という。)によって原告の名誉を毀損したものというべきであり、不法行為に基づき、本件加害報道によって被った原告の損害を賠償する義務がある。

七  原告の損害

前示第二の二1、第三の五2(一)〜(三)、同六1(三)の事実及び本件に現われた一切の事情を総合すると、原告の本件新聞報道一、二による損害、本件新聞報道四による損害、本件新聞報道五による損害は、それぞれ五〇万円と認めるのが相当である。

訂正報道については、本件新聞報道一〜五の根底をなす報道事実については真実であると認められるから、その請求は理由がないというべきである。

八  まとめ

よって、原告の被告NHKに対する請求は理由がないからいずれも棄却し、被告讀賣新聞社に対する請求は、一五〇万円及びうち五〇万円に対する本件新聞報道一、二が行われた日である昭和六三年六月三〇日から、うち五〇万円に対する本件新聞報道四が行われた日である同年七月二日から、うち五〇万円に対する本件新聞報道五が行われた日である同月一二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官小野洋一 裁判官伊藤由紀子)

別紙<省略>

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